不登校になった時の親との関係は? 親にどう思ってた?【佐藤さんの場合 #2】

不登校になると、基本的に子どもは自宅にいることになります。 「学校に行って進学して働く」が安全なルートとされている中、学校に行かずにほとんど家にいる自分の子を見て、心配、イライラ、諦め、不安など親もまた色々な感情と戦うこととなるでしょう。 子どもが行きたくなくても行かせた方がいいのか、行かせない方がいいのか。 行かないことを許す自分は甘いのではないか。 本当に色々なことを考えると思います。 今回は、中学・高校と不登校をしていた時の親との関係をテーマに、不登校経験者の佐藤さんに伺ってみました。 【こちらの記事もご覧ください】 なぜ不登校になったの?【佐藤さんの場合 #1】 不登校から変われたきっかけは? 【佐藤さんの場合 #3】 不登校後の今 学歴・仕事は何をしているの? 【佐藤さんの場合 #4】 学校に行けない理由を説明できない ── ご家族は何人ですか? 佐藤さん「父と母、私と弟の4人です。すごく仲がいいってわけじゃないけど特に悪くはなかったですね」 ── 佐藤さんが中学1年生で不登校になった時、家族はどんな反応でしたか? 佐藤さん「母親はどうしたらいいか分からなくて、職場で泣いたりしちゃってたみたいです。周りにも不登校の人がいなくて、いっぱいいっぱいだったんだと思います。 父親は仕事が忙しくてあまり家にはいなかったんですけど、会社を休んで家にいてくれた時もありました。でも私が娘だからか直接聞いてくることはなくて、母親に『どうなの?』って聞いていたと、後に母に聞きましたね。 逆に弟は、私の不登校にはおかまいなしって感じで、普通に友達を家に呼んだりしていました。私はそれが嫌でよくケンカしてたんですけど、弟は『なんでお前のお姉ちゃん学校こないんだよ』とか学校で言われてたみたいなので、嫌な思いもさせてたと思います」 ── 学校に行け、とは言われませんでしたか? 佐藤さん「親には、とにかく学校に行けって毎日言われてましたね。その時は、学校の先生も毎日家にきて説得されていたんですけど、当時の自分は、自分でもなんで行けないのか分からなくて『学校に居にくい』とか『学校がいやだ』と適当なことを言っていました。 なんて言ったらいいのか、その言葉がわからない。だから説明もできなかったです」 ── 自分でもどう説明していいかわからなかったんですね。では、学校に行ってないときは何をして過ごしていましたか? 佐藤さん「基本的にはずっと家にいましたね。家の中では普通に活動していたんですけど、田舎なので、出掛けてどこかで友達に会ったりするのが嫌だったので。なんで学校行ってないのに外にいるの? とか聞かれると嫌じゃないですか。だから、家で毎日テレビを見てました」   学校に行けない自分は、どうしようもない大人になるの? ── 高校では、入学2ヶ月後からまた不登校になったということでしたけど、この時ご両親はどうでしたか? 佐藤さん「半分諦めてたところもあるかもしれないけど、『ああ、また行けなくなっちゃったか』という感じで、受け入れてくれてたと思います。ひどく怒られたりはしなかったですね。 ただその時は、学校に行けない=就職できない、このままひきこもりになるのか? という恐怖でいっぱいで、親にありがたいとか感じる余裕はありませんでした。この先どうしようって、将来の不安しかなかったです。 そのころは、テレビでちらほらと不登校って言葉が出てきたくらいで、不登校って実はいっぱいいる、というような情報もなかったから、自分はどうしようもない大人になるのかなとすごく不安でした」 ── では、不登校をしていて一番辛かった時はいつでしたか? 佐藤さん「中学1年生の、親に殴られたりしてた時ですね。無理やり学校に引っ張って行かれて、親もいっぱいいっぱいなんだけど、私も行きたくなくて抵抗してました。その時は、何度か自殺も考えたりリストカットしたりもしていて、そのときが一番辛かったです。 でも、このときのことは毎日が同じことの繰り返しだったので、あんまり覚えてないんです。ただ死にたいって思ってたことしか覚えてないですね」 次回は不登校から変わったきっかけについて紹介していきます。